2005年10月24日

思想の問題はなるべく置いておきたい

 先日トラックバックを頂いたペガサス・ブログ版の記事、特に下記2記事と、その記事へのコメントを興味深く読ませて頂いた。

 私としては、「思想」の問題はとりあえず置いておいて、上記記事で議論されているような、実際に軍隊がある方が得なのか損なのか(国益になるのかならないのか)を知りたい。
 たとえば、「戦争による日本人の犠牲者(死者)数の期待値が少ない方が国益になる(*)」と仮に定義して、その上で軍隊がある場合と無い場合で戦争が起こる確率と起こったときの犠牲者数を見積もり、それによって軍隊を持つべきか否かを検討して結論を出す、と言った具合に。

 ただ、自分で考えるには圧倒的に知識が不足していて、一人で結論を出すことなどできそうもない。そこで世の識者の議論を読んで参考にしたいわけである。が、残念ながら上記記事を読んでも、客観的に妥当だと思えるような結論にはたどりつけていないように見受けられる。

 ただ、上記記事のコメント欄で議論をしている人々は、自らの結論を持っているようだ。それはどういった情報に裏づけされているのか、私は知りたいと思う。このような判断を下す場合に必要な情報というのは、例えば一国の軍事情報などのように、おそらくはとても機密性の高いものではないかと思う。
 「結論を持っている人」が知っている情報というのは果たして一体どこまでで、どこからが推理・推測の範疇なのだろうか。

 そして、願わくば、そこに「思想」が入っていませんように。結局最終的には一人一人の「想い」で決めるのだ、と言われてしまうと・・・ちと、何というか、残念である。

* 軍隊を持たず侵略されて殺された場合も戦争の犠牲者として数える。また、軍隊を持って自衛以外の戦争をし、日本軍人が殺された場合も同様である。「殺されず奴隷になってもいいのか?」という疑問に対しては、例えば奴隷1.5人=犠牲者1人などという風にウェイトを付けて数値化するという手法がある。ここでウェイトを幾つにするかと言うのはまた別の議論であるとしよう。

posted by しろ at 01:20| Comment(45) | TrackBack(6) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月18日

国民投票へ加速か

 衆院選が終わり、改憲問題についての論議が俄かに活発化してきた。ような気がする。民主党の代表となった前原氏は、改憲派だそうだ。

前原・民主代表「憲法改正で自衛権明記を」:Yahoo!ニュース
民主党の前原代表は17日の記者会見で、憲法9条の改正について、「私の意見は(戦争放棄をうたった)第1項はいいが、(戦力保持と国の交戦権を認めない)2項は削除して自衛権を明記するということだ。党内議論を進めたい」と述べ、自民党などと協議を進める考えを明らかにした。


 今回の衆院選で圧勝した自民党は、憲法改正をマニフェストとして掲げている。国民として改憲問題に投票しなければいけなくなる日は、そう遠くない。

 そして私は、まだ意見を固めていない。あわてる必要は無いと思うが、急がなければならない。
posted by しろ at 02:30| Comment(1) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月24日

護憲派は矛盾しているのではないか

 日本国憲法には、憲法を改正するための手続きが条項として記載されている。(第9章96条)

 護憲派、というのは、憲法は変えないほうがいい、という主張をする人たちだと思う。そして、護憲派が護るべきと考えている憲法には、憲法改正の手続きが載っているわけだ。ということは、憲法を護るために、96条を改正して、憲法を改正できないようにしなければならない。
 仮に護憲派が、憲法改正には反対だが憲法改正の手続き(96条)は残しておくべきだと主張するとしよう。その場合には、その手続きに則って憲法が改正されることに護憲派は文句は言えない。だが、世の護憲派は、96条の手続きに則ろうが則るまいが、憲法は護られるべきであると主張しているように見受けられる。例えば憲法9条は何としても護るべきだ、という主張に従えば、96条は当然改正されなければならない。

 ところが、96条の改正を受け入れることは護憲ではない。護憲のためには改正が必要である。これは所謂「クレタ人のパラドクス*」である。


*「全てのクレタ人はウソツキである」とクレタ人が言った。さて、クレタ人はウソツキか?
posted by しろ at 01:09| Comment(15) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月11日

戦争(自衛を含む)という手段を取ってまで守るべき国益はあるのか

 「戦力保持と不保持のどちらが戦争抑止力として有効か」という疑問について、しばらく調べ物をしたり考えたりしていたのだが、どうにもよくわからないということだけはよくわかった。

 ということで、まず「戦争(自衛を含む)という手段を取ってまで守るべき国益はあるのか」という疑問から先に考えることにしよう。こちらは、外交政策とか国際情勢とかそういう話ではなくて、私個人の「信念」の話だ。国益をどう捉えるか、自分で決めればいいだけなのだから。
posted by しろ at 02:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月26日

戦力保持と不保持のどちらが戦争抑止力として有効か

 戦力保持と不保持のどちらが戦争抑止力として有効か、という問いに対して答えを考えたいのだが、そもそもどうやって考えたらよいのかさえよく分からない。

 いろいろなブログを回って調べてみたが、相対する意見が同じ事象から導き出されていることがあって混乱する。ここで、同じ事象というのは、「第二次大戦終了から現在まで、日本は戦争に巻き込まれなかった」ということだ。

 この事象に対して、「日本は平和憲法を持っており、戦争放棄を謳っているからこそ、戦争に巻き込まれなかったのだ」と主張をする人がいる。したがって自衛隊は無用の長物であり、自衛隊の海外派遣などは戦争への足がかりとなりえるため放棄した方がいい、という風な具合である。

 一方、「米国の庇護下にあったから戦争に巻き込まれなかったのだ」とする主張もある。仕返しをする戦力を(米国が)持っているからこそ相手に攻められなかったというのだ。だが、これでは日本は軍事的に米国の属国のようなものであり、今後ちゃんとした独立国となるためには米国の庇護から抜け出して自前の自衛戦力でやっていくべきだ、という具合だ。(現自衛隊と現憲法でそれができないのはなぜなのか、詳しくは分からない。)

 まあ有体に言って簡単にまとめすぎだろうとは思う。もっと言うと、どっちが真実に近いのか考えること自体、意味がないかもしれない。それよりもっと現在及び将来の日本を取り巻く環境を分析し、個別具体的な検討を重ねた上で、判断すべきなのだろう。

 だがそんなことを素人が独自で行うのは無理というものだろう。それに、世の中の人が知っている全ての情報を受け入れ、咀嚼することなど到底不可能だ。ある程度のところで、自分の主張を決めねばなるまい。どの程度の情報を得た時点で、どの程度の確信を持って自分の主張を決めるのか?それが問題だ。
posted by しろ at 22:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月22日

とりあえず考えるべきこと

 前回の記事に関連して、現在、私の中でよく分かっていない点のうち、優先的に考えるべきことを書いておこう。
  • 戦争(自衛を含む)という手段を取ってまで守るべき国益はあるのか
  • 戦力保持と不保持のどちらが戦争抑止力として有効か
  • 自衛戦争とそうでない戦争の境は何なのか
 ほかにもありそうな気がするが、とりあえずこの3つだけでも十分に悩ましい。
posted by しろ at 02:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

論点をいくつか

 「自衛隊の存在」を認めない立場からの主張として、レベルの違うものを二つ記しておこう。これら二つの主張は、自衛隊の存在を認めない(自衛隊は廃止すべき)という点では一致しているのだが、その理由・背景が異なる。

I. 【どんな戦争も認められないので自衛隊を廃止した方がよいという主張】
 どんなことがあろうと、「戦争」をすること自体がダメ、という主張である。自分や家族や友人が殺されようが、他の国で虐殺が起ころうが、あるいは自国民が自国領内で拉致されようが、とにかく「戦争」をすることを認めない、という主張である。この主張をする人は少ないと思う。
 「もし日本が攻撃されたらどうするの?」という問いに対しての答えは「潔く死ぬ」である。

II. 【自衛隊保持よりも自衛隊廃止の方が戦争に対する抑止力として有効であるという主張】
 戦争はできれば避けたい。そして、戦争を避ける手段として「自衛隊廃止」が最も有効であるという主張である。
 「もし日本が攻撃されたらどうするの?」という問いに対しての答えは、「攻撃されるはずが無い」である。ただ、100%完璧な抑止力とはならないので、いざとなったら潔く死ぬ方が反撃して相手を殺すよりマシ、と主張する場合は、「I」の主張と両立し得る。
 つまり、自衛隊廃止による戦争抑止力が100%有効であると考えるか否かで、「II」の主張の背景はさらに二つに分かれる。

*なお、自衛隊廃止は抑止力として100%有効でないと考えるものの自衛隊保持よりは有効であると考える人の中で、いざというときは反撃すべし、という人は、「もし日本が攻撃されたらどうするの?」という問いに対して答えられないので、結局抑止力としては比較的有効でないと考えながらも、自衛隊保持を主張することになる。(ただし、自衛隊は廃止するが日米安保は保持してアメリカに守ってもらう、という主張も考えられる。)

 以上を踏まえると、「戦争抑止力として有効なのはどんな手段か」ということを考える必要がありそうだ。下記のどちらが戦争抑止力として有効なのだろうか?要検討。
  • 全ての戦力を廃棄することで、相手を刺激しないこと
  • 自衛のための戦力を保持することで、相手に攻撃を思いとどまらせること
 なお、後者は、自衛隊だけでなく、日米安保条約および米国の核兵器装備も含む。自衛隊は廃止するが日米安保は保持してアメリカに守ってもらおう、という主張は後者に含まれる。

 ・・・どうも整理できたようで整理できていない気がする。考えるべきことは山積みである。
posted by しろ at 01:03| Comment(2) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月18日

立花隆の「メディア ソシオ-ポリティクス」

 ブログ界ではどうも評判の悪い(ように見える)、立花隆の「メディア ソシオ-ポリティクス」で、最近3回に渡り改憲問題についてが語られている(5/9、5/12、5/17の回)。読んでみると、立花氏は「護憲・自衛戦争を認める」という立場のようだ。「何となく整理してみる」の(4)の立場である。

 かなり長い文章であるが、彼の主張を思い切って端的にまとめてみよう。
  • 第9条により、自衛以外の戦争をしないで済むということは国益である
  • 第9条を変えると、自衛以外の戦争をせざるを得なくなるので損するぞ
  • 第9条を変えなくても自衛戦争はできる(解釈改憲OK)ので国防もOK
 上記に対する疑問としては、
  • 第9条をそのままにしておけば本当に自衛戦争以外の戦争をしないで済むのであろうか
  • 自衛隊の存在を明記するだけなら自衛戦争以外の戦争はできないままなのではないか
  • 解釈改憲こそ国際社会における日本の信用を貶めることにならないのか
 などがぱっと思い浮かぶ。が、まだ自分の中で整理できていない。精読して、(4)の立場についてもう一度よく考えてみようと思う。
posted by しろ at 19:28| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

タイトルを変更した

 ブログタイトルを「素人改憲論議」に変更しました。(旧タイトル「素人が考える戦争と憲法改正」は、副題に格下げしました。)
posted by しろ at 05:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月13日

戦争に対する考え方

 前回の記事のコメント欄で書いたことだが、現憲法をどう解釈するかという問題は、ひとまずおいておこう。

 それよりもまずは、戦争放棄や軍備に関するそれぞれの立場の人の言っていることを理解することが先だと個人的に思う。解釈問題についてだって、学術的な研究成果と見せかけて、実はその立場ありきの意見というものがあるような気もするし。(ただ、素人の立場から素直に読むと、「自衛戦争を含めた戦争放棄」と解釈できることは覚えておこう。)

 さて、以前の記事「何となく整理してみる」から考えてみると、戦争に対する考え方としては、以下の3つがあろうかと思う。

(A)自衛でない戦争も認める。
(B)自衛戦争のみ認める。
(C)自衛戦争を含む完全な戦争放棄。

 私としては今のところ、「自衛戦争」の定義がよくわかっていないので、(A)と(B)の違いをあまり明確に理解できない。ここを明確にできないと、ある人の主張を読んで、(A)の人だと思ったら(B)だったとか、逆に(B)だと思ったら(A)だったとか、そういう問題が出てきてしまうと思う。(あるいは(A)と(B)は実は同じ考え方なので分ける必要は無かった、とか。)なので、まず自衛戦争とは何なのかについて、理解したいと思う。

 また、(A)(B)と比較すると、(C)は分かりやすい。なので(C)ついては、その考え方の背景を理解しようと思う。まずは、さじったさんがコメント欄で示唆してくださった「現実的でない」という批判と、戦争放棄を謳うことで近隣諸国の信頼を得るという政策(?)について、素人なりに考えていこう。
posted by しろ at 07:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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